2026.01.03
これからの日本
1、昨年は戦後80年、昭和100年の年で、日本に普通選挙が実施されて100年、女性の参政権が認められて80年になる。日本国憲法によって主権は国民にあり、天皇は象徴となった。日本は民主主義国家であり、これからもそうあり続けるであろう。しかし、現在の日本はもとより、日本を取り巻く世界の情勢はかなり変わったものとなっている。不寛容と分断が蔓延している。なぜこのようになったのか、政治の問題か、経済の問題か。現在の経済は資本主義により回っており、資本主義は民主主義とはもちろん、民主主義と対置される権威主義とも相性は悪くない。資本主義は資本の所有者を選ばないし、民主主義国においても指導者が権威主義的になっていることを思えば理解できるであろう。そうすると、政治の問題、とりわけ民主主義の問題となってくるように思われる。
2、民主主義には根源的に二つの原理があると言われており、一つは「自由の相互承認」であり、もう一つは「みんなの意志」である。誰もが対等に自由な存在であることを互いに認め合うことと、みんなの意志を持ち寄ることでみんなの利益になる合意が形成されることである。一部の権威主義的な人や裕福な人たちだけの意志がまかり通ってはいけないということである。民主主義においても最終的な意思決定は多数決が行われるが、多数決はあくまで事前に合意された意思決定の一つの手段にすぎず、民主主義の本質ではない。民主主義の根幹は、相互尊重にもとづく対話を通じた合意形成にあるのである。では、なぜ現在の状況はそのようなものでなくなっているのか。
3、資本主義において、資本の所有者が資本家であろうと、国家であろうと、富めるものとそうでない者との格差はどうしてもできるが、国境を超えた資本の流通が行われることになると、資本の増殖が株式や国債など債券の金融に頼るようになり、税制の問題もあるが次第に格差が広がり、富める者はより多くの富を求めるようになり、そうでない者は不満を増幅させることになる。誰もが発信者になれる反面、AIの普及から偏った情報にしか接しない状況において、固定観念が植えつけられることになり、他者に対する嫉妬や憎悪が生まれ不寛容となっていく。このような分断状況において、政治の関心は、民主主義云々ではなく、政策よりも今日の生活や明日の生活にとってわかりやすいことを訴える政治家や、現在の不満を発散してくれる政治家に選挙で投票するようになる。
4、選挙民は、ある政党の候補者が他の政党の候補者より魅力的あれば投票するようになり、とりわけ野党の候補者が魅力的でなければその傾向は強く、そのため選挙民から選ばれた政党の候補者が権威主義的になっていくことを許容することになり、また、候補者間や政党間の政治的な分極が大きくなればなるほど、選挙民自身が権威主義的な政治制度になっていくことを許容し始める。現在のアメリカを見ればこのことがわかる。日本においては、自公政権から自維政権に代わったが、いずれにしろ自民党の党利党略は終わり、これからが日本における民主主義の真価が問われることになる。
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2、民主主義には根源的に二つの原理があると言われており、一つは「自由の相互承認」であり、もう一つは「みんなの意志」である。誰もが対等に自由な存在であることを互いに認め合うことと、みんなの意志を持ち寄ることでみんなの利益になる合意が形成されることである。一部の権威主義的な人や裕福な人たちだけの意志がまかり通ってはいけないということである。民主主義においても最終的な意思決定は多数決が行われるが、多数決はあくまで事前に合意された意思決定の一つの手段にすぎず、民主主義の本質ではない。民主主義の根幹は、相互尊重にもとづく対話を通じた合意形成にあるのである。では、なぜ現在の状況はそのようなものでなくなっているのか。
3、資本主義において、資本の所有者が資本家であろうと、国家であろうと、富めるものとそうでない者との格差はどうしてもできるが、国境を超えた資本の流通が行われることになると、資本の増殖が株式や国債など債券の金融に頼るようになり、税制の問題もあるが次第に格差が広がり、富める者はより多くの富を求めるようになり、そうでない者は不満を増幅させることになる。誰もが発信者になれる反面、AIの普及から偏った情報にしか接しない状況において、固定観念が植えつけられることになり、他者に対する嫉妬や憎悪が生まれ不寛容となっていく。このような分断状況において、政治の関心は、民主主義云々ではなく、政策よりも今日の生活や明日の生活にとってわかりやすいことを訴える政治家や、現在の不満を発散してくれる政治家に選挙で投票するようになる。
4、選挙民は、ある政党の候補者が他の政党の候補者より魅力的あれば投票するようになり、とりわけ野党の候補者が魅力的でなければその傾向は強く、そのため選挙民から選ばれた政党の候補者が権威主義的になっていくことを許容することになり、また、候補者間や政党間の政治的な分極が大きくなればなるほど、選挙民自身が権威主義的な政治制度になっていくことを許容し始める。現在のアメリカを見ればこのことがわかる。日本においては、自公政権から自維政権に代わったが、いずれにしろ自民党の党利党略は終わり、これからが日本における民主主義の真価が問われることになる。



